Interview

Vol.006

生来の『モノづくり』好きが
全国発明表彰を受賞するまで

NSS事業部 開発部 開発課

森田 千尋

Chihiro Morita

生来の『モノづくり』好きが
全国発明表彰を受賞するまで

NSS事業部 開発部 開発課 森田 千尋

編集の岡井です。森田さんはNSS(Next Social Solution)事業部という水質管理や災害対策に貢献する部署で、センサーなどの機構設計を担当しています。2024年7月。彼女がパートナーと共に協創した衛生状態モニタリンダシステムの測定器「ルミテスター Smart」が「全国発明表彰 特許庁長官賞」を受賞しました。共に取り組んでくださったのは開発の依頼元であるキッコーマンバイオケミファ社とプロダクトデザインなどに定評のあるハイフネイト社。各パートナーとの連携の中で彼女が果たした役割とは?
生まれてからこれまで、ごくごく自然にモノづくりの道を歩んできた森田さんが、国内有数の賞を受賞するまでの過程を取材しました。

難課題に挑む開発者
Okai

Okai

今日はルミテスター Smartの意匠が受賞するまでの歩みを、森田さんと一緒に振り返りたいと思います。

改めて全国発明表彰、特許庁長官賞の受賞おめでとうございます。
機構設計を担当された製品の意匠(デザイン)が高く評価されました。

Morita

Morita

ありがとうございます。ただこの製品に関わっていただいたすべての方々あってこその受賞ですので、正直「私がいただいた賞」という感じではないですが、受賞できて嬉しく思います。

Okai

Okai

森田さんはどのような幼少期を過ごされてきましたか?

Morita

Morita

私は小さな頃から絵を描いたり、工作をしたりするのが大好きでした。小学校低学年のことなのですが、テレビを見ていたら機織り機が映ったんです。その時「自分も機織りがしたい!」と思いました。

そこでダンボールを歯型のように切り出して、全体を構成する枠を作って、毛糸を通す穴を開けて…。

Okai

Okai

機織り機を作ろうとしたんですか!

Morita

Morita

今でも良く覚えています。
でも上下の歯型の嵌合(かんごう)が特に難しく、最終的には段ボールの枠に段ボールの歯型がついてるだけのものになりました笑

そのままモノづくり好きが高じて高等専門学校(高専)を進路に選び、学生時代は機械・電気・ソフトに関わる幅広い分野を学びました。
具体的にはプログラミングや電気回路、CADでの製図、工場で金属切削などですね。これらを体験するうちに、私は特に「実際に手に触れるものを作ること」が好きなんだなと思いはじめました。

Okai

Okai

その後、企業合同の説明会でオプテックスを知ったそうですね。

Morita

Morita

別の企業を目当てに行ったんですが、なんだかしっくりきませんでした。その時、たまたま横のブースがオプテックスだったんです。元気な人事の方の声が聞こえてきて、気になってしまって。

高専卒の職業は、設備メンテナンスや工場勤務が多いイメージだったのですが、オプテックスの「高専卒も開発できる!」「企画から量産まで一気通貫で製品に関われる!」というアピールがとても印象に残りました。私の同級生もたくさん参加していましたが、オプテックスの評判、すごく良かったんですよ。

そして就職希望先として選び、試験を受けることになりました。

Okai

Okai

オプテックスの開発の方向けの試験はどのような形式なのですか。

Morita

Morita

私の時は機械、電気、ソフトそれぞれの問題が用意されていて、「好きな分野の問題を解いてください」と言われました。ざっと問題を見たところ、電気の問題が得意な内容で。なのでオプテックスの試験は電気で受けたんです。ですが内定期間中に「実は、機構設計に興味があるんですけど……」と、人事の方に話をしたら受け入れていただけて、機構設計担当になりました。

Okai

Okai

入社直後はセキュリティ事業部の開発部門に配属されました。

Morita

Morita

最初は世界的に販売している防犯センサーのオプション品を担当しました。防犯センサーのバッテリー駆動用の電池が現地で手に入らない場合に、入手しやすい「CR123A」という電池で使えるようにする電池ホルダーです。こちらの詳細設計を、先輩方に教えていただきながら進めました。

Okai

Okai

モノづくりに関して、学生時代とのギャップはありましたか。

Morita

Morita

今も感じているんですけど、分かりやすいゴールが決まっていません。この電池ホルダーを作っているときにも「大柄の人が使うかもしれないよ。海外の人は特に手も大きいからね。」と言われて、あ!そういうことまで考慮するんだ!と。

生産時の組み立てやすさについても同様でした。例えば、パーツは正しい方向にしか入らないようにしたほうが良いなど、誰でも組み立てられるように意識しなければいけないので、考えることがたくさんあって大変だな~。って笑

学生時代は、作るのも使うのも自分でした。だから、どういう作り方をしても良かったし、作るものの仕様も自分が満足すれば良いので、その点であまり迷うことがありませんでした。

Okai

Okai

ギャップを感じて、少しモノづくりが難しくなった。

Morita

Morita

そうですね。クリアすべき条件が最初に決まっていないというのは難しいです。「誰が、どこで、どのように使うかを考える」というのは、長年モノづくりに関わっている人にとっては当たり前のことです。でも私はそれらを考慮する必要性や製品の使用現場のことを知らなくて、後から教えてもらうシーンが沢山でてきました。

それで、ただ形を作るだけじゃないということに気付けました。まだまだ理解が甘かったことに、後になってもう一度気付くことになるんですけどね笑

Okai

Okai

2016年まで、セキュリティセンサーの設計を担当された後、
NSS事業部という水質管理や災害対策に貢献するセンサーを扱う部署に異動になられました。

Morita

Morita

はい。オプテックスは以前にキッコーマンバイオケミファ社の「PD-20/PD-30」という衛生管理機器の開発を担当させていただきました。私は、その後継機種を開発するプロジェクトのメンバーとなりました。

Okai

Okai

ルミテスター Smartは3社でプロジェクトを進行されましたが、
ハイフネイト社から受けた刺激はありましたか?

Morita

Morita

ハイフネイト社から提出されたプロダクトデザインの初案を見た時に、考え方のスタート地点が違うなと思いました。私はまず計測する機能を満足できる構造の確立から始め、持ちやすさや操作しやすさを検討するのは後回しだったんです。

でもハイフネイト社は使う人の感情まで考慮してデザインされていました。「衛生管理という難しそうなことを、誰もが抵抗無くできるようになれば、結果的に社会は必ず安全になるよね」という大きな大きなゴールが先にあるというか。

Morita

Morita

実は最初にいただいたデザイン案では、計測に必須である部品が入らない形状だったんです。当時の正直な感想は「入らない!どうしよう!」でした。計測に必要な制約条件から、私が考えたらなかなか出せないアイデアだったので。

実現できるかという保守的な考えではなく、本当に欲しいカタチはどういうものかをデザインし、そこから実現する手段を考えるアプローチにビックリしました。設計はただ形を作るだけじゃないとわかっていたつもりでしたが、まだまだだったと思い知りました。

Morita

Morita

機構設計の段階では「心地よい使用感」を実現するために少しずつ調整していきました。

完全にデザイン案のまま実現することはできませんでしたが、持ちやすさを損なわないために、自立用のスタンドは強度を保ちつつ出来るだけ薄くしたり、強度を損なわずに計測の必須部品のスペースを捻出するために成形品(樹脂を溶かして金型などで形を作った物)の形状や肉厚を調整したり。

Okai

Okai

森田さんは、デザインを実現するための構造を設計する主担当ということですね。

Morita

Morita

そうですね。開発には企画から構想、詳細設計、量産設計といったフェーズがありますが、構想段階から詳細を詰めていくフェーズでも、量産設計に進むときも、知識の乏しさに気づかされました。

Okai

Okai

大変そうなのに、笑顔でお話しされているのが印象的です。

Morita

Morita

笑。この表面のパネルも難しかったんですよ!デザイン案ではパネル表面に持ち手に馴染むよう考慮された大きなR(丸みを帯びた形状)がありました。これは成形品で実現しようと考え、何度も業者さんと相談しましたが成形時に必要な形状とパネルデザインを両立できず実現できませんでした。

パネルの操作部には静電容量スイッチ(電極に指が近づくと変化する静電容量を、入力に活用する装置)を採用していたので、今度は静電容量スイッチに詳しい業者さんに相談して、最終的には表面のRは諦めて板材をカットすることにしました。

Okai

Okai

握り心地を諦めたということでしょうか。

Morita

Morita

いえ、握り心地を損なわないためにできることがないか、再度ハイフネイト社と相談したところ、「板材の角をこれくらい取れませんか?」と具体的にアイデアをいただいて、改めて検討しました。
業者さんからも「これならできそう。こんな工具を使って削れば量産できるよ!」と良い回答が得られたことで、ようやく清潔感のあるパネルデザインと優しい握り心地を実現することができました。

「心地よい使用感を実現できてよかった」と、当時のことを思い返す森田さん

ルミテスター Smartは試薬で汚れを検査したい箇所をふき取り、機器に挿入すると清浄度が表示される。片手で蓋をオープンできる簡便性、安定した計測ができるスタンドなどこだわりが満載

清潔に保ちやすいフラットな表面に施された透明感のあるホワイトカラーもこだわって選定。製品内部の構造がパネル表面に透けて見えないように工夫している

Okai

Okai

キッコーマンバイオケミファ社との連携はいかがでしたでしょうか。

Morita

Morita

機能面や現場の視点を通したアドバイスを沢山いただきました。製品を使うお客様のことを、本当に深くご存じなのです。

例えば「前モデルのPD-30はパソコンでデータを読み取れる仕様だけど、結局紙に手書きで計測結果を記録されることが多いんですよ。現場は皆さんの想像以上にアナログです」とか、「モード設定は熟練された方が使われることが多いです」といった具合に。

私たちの提案や質問一つひとつに対して、解像度の高いお答えを即座に返していただけました。感動しました。

Okai

Okai

高く掲げた理想の形を、現場の細かい要求を踏まえてデザインに落とし込む。
難解な課題に対応されているように思います。

共に受賞した上司の立岡さん。森田さんは多くの先輩方のサポートがあったからこそ乗り切れたと繰り返し感謝を述べた。

Okai

Okai

しかし困難な局面を乗り越えて受賞に至りました。

Morita

Morita

全国発明表彰の審査過程で、審査員の方がこうおっしゃってくださったんです。

「カタログで見たほうが良いモノが多いんです。
 でも、この製品は現物の方が良い」


キッコーマンバイオケミファ様からも使いやすくなったと言っていただけて、本当に嬉しかったです。製品を知らなかった審査員の方からも良いモノだと評価いただけたことは、ルミテスター Smartの「誰でも簡単に衛生管理できる」という理想に近づいたということですので。

ただ最初にもお伝えした通り、私にいただいた賞という感覚はあまりありません。
だから「おめでとう」は、ルミテスター Smartに言ってあげてください!

 ●パートナーの皆様からのメッセージ

共同で開発させていただいたキッコーマンバイオケミファ株式会社 志賀様とハイフネイト株式会社 浅沼様からメッセージを頂戴しました!

キッコーマンバイオケミファ株式会社 志賀様

キッコーマンバイオケミファ株式会社 志賀様

ルミテスター Smartの開発は2017年からスタートし、2019年1月に発売をいたしました。それまでの機種からデザインを一新するだけでなく、アプリ開発やクラウド構築など、ルミテスター本体以外の開発事項もたくさんあり、新しい使い方の提案がテーマでした。それを短い開発期間で、実現していただけました。我々からの要望だけでなく、オプテックス様からもたくさんの提案を受け、最終的な形となりました。完成したルミテスター Smartは随所にオプテックス様のデザインフィロソフィーである「0.1 mmの心配り」が散りばめられているのが分かり、弊社の国内外のお客様からも、使い方、デザイン両面で、大変好評をいただいております。

>キッコーマンバイオケミファ株式会社のコーポレートサイト

ハイフネイト株式会社 浅沼様

ハイフネイト株式会社 浅沼様

オプテックスさんとは長年プロダクトを共に開発してきました。大切にしているのは、定量的な分析に加えて徹底的に現場のキモチになること。そのなかで見つかる感情の揺らぎまでも大切にしたいと思っています。だから握り心地だけでなく、アイコンの動きひとつにまでこだわりを詰め込んでいます。 しかし私たちは最終系を作ることはできません。オプテックス社でデザインをされている方々は「デザイン思考」への理解が深く、素晴らしいと思います。他社だと「それいるの?」と言われるようなことも多々ありますが、共に創り上げたコンセプトを可能な限り追い求めてくださります。今も新しいプロジェクトが動いていますが、これからも共に良いものを世に出していきたいと思います。

>ハイフネイト株式会社のコーポレートサイト

当初「受賞できてよかったですね」という思いで見ていましたが、インタビューを通じて「受賞すべくして受賞したのかもしれない」という感覚になってきました。なお、発明表彰への応募はオプテックスの知財部門がリードしました。昨今、世界各国での競争に打ち勝つために、各種特許の申請や保護をはじめとした知財戦略が特に重要だと言われています。このチームの働きにも、いつか光を当てたいなと思っていますが、それはまた別の機会に。
『ルミテスター Smart』、受賞おめでとう。

企画・編集:岡井良文
ご意見・ご感想がございましたら、お気軽にお寄せください。

※本記事は2024年8月時点の取材内容で構成しています。